コストを度外視すれば医療技術の発達で治せる病気は増え、平均寿命も伸びている。でも、そのコストは誰が払うの?

オプジーボという薬がある。
 
一般的に治療が難しいとされる進行・再発肺がんの生存率(1年間)が従来の39%から51%まで上昇するという患者にとってはまさに夢のような薬である。
出所:

 
しかしその分、わずか月2回の治療でかかる費用は260万円。庶民どころか並の資産家でもかなりの負担になり、“家”の没落につながりかねない価格だ。
 
もちろん日本には高額療養費制度があり、そのほとんどを税金が負担してくれるため、庶民でもこのような薬で延命することが出来る。
 
問題は差額の負担を誰が払うのかということだ。

先の記事から引用すると、
 
全国がん患者団体連合会の天野慎介理事長は「年齢で一律に治療を制限することは、では何歳からだとか不毛な議論を生むだけで危険だ」と反論する。(中略)「他に手がない患者に新薬を使わせないという短絡的な方法ではなく、真に必要な患者に薬を届けるにはどうするか、国民全体で議論してほしい」と訴える。
 
と発言されている。しかし、国民全体で議論をと言えば聞こえは良いが、例えば85歳の老人を1年間延命させるために月250万円の税金がつぎ込まれ、合計3,000万円を(主に)現役世代が負担するというのは果たして必要な措置といえるのだろうか。
 
個人的には“何歳からだとか不毛な議論”は決して不毛な議論ではなく、“何歳まで国家(政府)は国民をサポートするべきかというのはそろそろそろ無理矢理にでも白黒つけるべき問題だと考えている。
 
僕が大嫌いなのはこういう問題に対して“弱者抑圧”だとか“格差拡大”などのお題目を唱えて、現状変更を決して認めない人たちだ。※天野慎介さんを個人的に批判しているわけではない。
 
先に差額は税金で支払わられていると書いたが、別に今生きている人たちで負担しているわけではない。周知の通り、日本政府は莫大な国債を発行し続けており、税収との差は“将来”の日本国民が払うことになる。
 
選挙権がない18歳以下の国民だけでなく、まだ生まれていない来年、再来年、もしくは10年後に生まれる日本国民に借金を押し付けておいて、自分は死ぬまで高水準の治療を安価で受けたいというのは傲慢を通り越して鬼の所業である。
 
ではこれを解決する私個人のアイデアはというと、財政が保てる程度の年齢(60~65歳くらいだろうか)までは現状か現状よりやや厳しいルールの下、差額を税金で負担して、その年齢を超えたら後は個人のお金でなんとかしてくださいという平凡なものだ。
 
私はリバリアン寄りの思想を持っていることを自覚しているので、現状の制度よりはかなりの改悪となるが、この制度なら対象年齢を引き上げることで持続可能性をいくらでも伸ばすことが出来る。
 
問題はすでに選挙では現状維持を願うマス層に勝てる見込みがまったくないことだ。
 
それでは医療問題を含めた財政問題に僕達、特に若い現役世代はどう対処すればよいのだろうか。
 
答えは“制度を満喫できるギリギリまで日本に滞在し、いよいよ問題が顕在化するというときに日本を脱出する”というフリーライド戦略しかない。
 
もちろんこれは言うほど簡単ではなく、
・若い頃から海外で暮らせるだけの何らかの技術、英語力を身に着けたり、
・頼れる友人を国を問わず作ったり、
・非常時にはすぐに国外へ資金を送金できるように手配したり
する努力が必要になってくるが、仕方がないコストと割り切って早めに手を付けておいたほうが良いだろう。
 
ちなみにこのフリーライド戦略はこれほど大きな問題でなくとも、
・必要がない人でも低金利で奨学金を借りて投資に回したり、
会社に費用を負担してもらってMBAを取得してからすぐに退職したり、
・会社設立の際に市町村から多額の助成金を受けたり、
と応用が効くので色々試してみると面白いと思う。
 
特に国や市町村から提供される補助金・助成金などは絶対額が大きすぎて効率的な運営がなされていないため、個人や民間団体から借りるより金額が大きく、審査も緩いためおすすめである。
 
なお、すでにお気付きの通り、このフリーライド戦略は結局のところ、自分自身や自分の家族、せいぜい親友までの身を案じた戦略で、国外に脱出することの出来ない大多数の人にハイパーインフレという地獄を代わりに負担してもらおうという自分勝手な戦略である。
 
結局のところ、自分(に近い世代)だけはなんとかして高度な治療を受けたいと願う、今の高齢者と同じ思想になってしまうわけだが、僕達に現状の拒否権がない以上、変に真面目ぶって全面的に損を被るよりは自ら鬼となって、国外脱出によりおいしいとこ取りすべきだと思うのだが、皆さんはいかがお考えだろうか。

スポンサーリンク