あなたが中流家庭出身なら大学付属校はお勧めしない

アベノミクスでやや景気が改善しているとは言え、デフレが続く昨今、大学選び、就活、婚活住居選び、などでコスパを重視する傾向が強いようです。
 
大学受験であれば仕事に困らない医者を、婚活であればダブルインカムが期待できる共働き志向の女性を、住居選びであればある程度資産性を保てる都内のタワーマンションを、ということですね。
 
そして大学受験をしないが故に特に英語や理系科目で受験組と差のつきやすい大学付属校は学費の高さとあいまってコスパが悪いのではないかと見る向きもあるようです。
 
これはまったくもって事実です。
 
教育にコスパを求めるなら学費が大幅に安く、かつしっかりとした進学実績を誇る、都立高校、具体的には都立日比谷中学高校あたりの学校から国立医学部に進学するのが一番です。
 
それではなぜ一部の層に大学付属校が人気なのでしょうか。
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その前に、なぜ多くの親が子供に進学校に、その後できるだけ良い大学に行ってほしいと願うのでしょうか考えてみましょう。
 
端的に言えば将来お金を稼げるようになって欲しいからですね。目安として年収1,000万円以上の職業に就くことゴールになっているわけです。もっと頑張って医者や弁護士になれば、年収2~3,000万円も夢ではありません。
 
もちろんこれはすごいことですが、それでも自分が働いて生活費を稼ぐという労働者スタイルであることに変わりはありません。
 
一方、本物の資産家というのは考え方が全く異なります。
例えば、100億円の資産があれば利回り4%だとして毎年4億円の収入がある上、米国優良株や都内の一等地の土地であれば資産そのものも毎年105億円、110億円…と値上がりしていきます。
 
こういう資産を持つ人達にとって年間百万円程度の学費は日々のお買い物で消費するのと変わらない金額で、平凡なサラリーマンになるかもしくは医者or弁護士になるかで生じる数億円の賃金格差も“我が子が幸せならどっちでも良いわ”という些細な金額にすぎません。
何しろ何もしなくとも毎年配当や値上がりで入ってくる収入程度なのですから、死ぬ気で勉強してさらにその後数十年も働いて稼ぐ必要性など感じるわけがないのです。
 
であれば、多少学力が低くとも、学習院小学校や慶應幼稚舎に入学してもらって同じような家庭の子と友達になってもらったほうが仲良くなりやすいだろうし、最終的に大きなビジネスに繋がるかもしれないということで都合が良いのです。
 
逆に言えばそういう家庭の子供以外はどれだけ大変でも、中学受験、大学受験を通じて実力を身に着けたほうが将来の資産形成に大いに役立ちます。中流家庭に生まれたのならその現実を直視して、できれば医学部、それがどうしても難しければ理系に進学してなんとか1代で資産家になれるように頑張っていきましょう。
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結果ではなく過程を楽しむ

すべての基礎となる基本知識・職業の前提となる専門知識がしっかりと身につくまで、具体的には小学生から大学生までは結果を優先して周りの人と競争する経験が重要だ。
 
しかしその先は結果ではなく自分が好きなこと・興味のあること・自然と努力できることに注力し、日々の過程を大切にする必要がある。そうでないといつまでもたっても特に好きなわけでもないが、世間体が良くて、待遇も良い、つまり優秀な人が数多く集まる最激戦区=レッドオーシャンで戦うことになってしまう。
 
例えば、よくあるケースが著名な進学校から東大に進学し、三菱東京UFJ銀行に就職するケース。人生の勝ち組だ!と思うも、平日は仕事だけで疲れ果てるほど頑張ってもメガバンクには先輩にも同期にも後輩にも東大卒の人が多く在籍しており役員クラスまで出世するのは運も含めて大変な努力を要する。
 
周りと差をつけようと、もしくは外資企業に転職しようと一念発起して社費なり私費でアメリカのMBAに留学したとしよう。
そうすると今度は帰国子女の東大理系院卒で卒業後は外資系投資銀行でバリバリ働いてきましたみたいな日本人や学部時代に会社を立ち上げて3億円でExitしましたみたいなスタンフォード大学卒のアメリカ人や幼い頃から数学が得意でGMATは800満点でしたみたいなインド人に囲まれて競争することになる。
 
それでも仮にこの人が非常に優秀かつ大変な努力家でこのMBA課程を上の下くらいの成績で卒業し、コンサルティング会社に転職できたとしよう。
 
ところがコンサルティング会社は意外にもそれほど給料が良いわけではなく、30代ではせいぜい2,000万円程度だ。手取り1,500万円の家庭では毎年500万円を貯金するくらいが精一杯だろう。しかも彼らの多くは住宅やら車やら子供の教育費に多額のお金を消費し、500万円も貯金できない家庭も結構多い。
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一方、ここまで頑張ってきた人には非情な知らせだが、世の中には生まれながらにして資産家の家庭に生まれた人も意外に多く、実は彼らのほうが圧倒的に経済的余裕がある。
 
例えば実家に10億円の資産があれば保守的に利回り4%で回していたとしても毎年4,000万円の配当収入がある。おまけに配当への課税は原則20%だから、手取り収入は3,200万円もある。労働は暇つぶしのためにしているようなもので、両親が本格的に引退する40代でアーリーリタイアする人も多い。
 
東京にはこんな感じで特に一生懸命働いているわけでもないが(彼ら自身は公務員として働いているケースが多い気がする)、年間数千万円を好きに使えるなか、特にプライドや見栄もないためその大半を再投資に回す家庭が結構存在している。
 
さらに海外に目を向けると相続税がない国も多く、資産家の一部は日本の資産家とは比較にならないほど裕福である。
 
そんなわけで特に勉強や仕事そのものが好きなわけではない人が努力の先には名声と経済的成功が待っていると意気込み、死ぬほど努力するのははっきり言って割に合わない。
 
あなたがどれほど努力しようとも世の中には信じられないほど“運が良い人たち”が一定程度存在していて、勉強や仕事の過程そのものではなく、結果に執着してしまうと彼らとの差に絶望するばかりだ。
 
厳しい営業ノルマを乗り越えた達成感、工夫と努力を重ね合格通知を受け取ったときの高揚感、難しい交渉を行った相手から信頼を勝ち取ったときの充実感、そういった過程を大切に仕事を行うことを心がけたい。
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差別を止めたら究極の格差が現れたという地獄のような話

人類の歴史は差別との戦いでもある。
日本でもつい数百年前まで百姓の子供は一生百姓だったし、数十年前までどんなに優秀でも女性が総合職に就くことはほとんどなかった。
今も世界では女性というだけでほとんどの職業に就けない国も多く存在している。
 
ただ日本を始めたとした先進国では差別がだいぶ解消されてきた。
 
例えば、私の大学の女性の友人を思い浮かべてみると、ざっくり総合職は7割、一般職は2割、結婚して専業主婦は1割以下だと思う。
本人に総合職に就く意欲(と能力)さえあれば、女性でも総合職に就ける時代になったのである。
 
ところが、“差別は解消されつつあります、良かった良かった”とハッピーエンドで終わるわけではない。
 
依然として彼女達は自分と同じ程度か彼女達以上に稼ぐ男性としか結婚していないのだ。
 
その結果、周囲を見ると結婚した夫婦はたいていともに年収1,000万円近く稼いでいる組み合わせばかりで世帯年収は2,000万円近くになる。夫婦ともに中小企業勤務で給料がそれほど伸びない家庭、もしくは女性が専業主婦である家庭とは随分差がつくだろう。
 
しかし、この格差は差別の結果生まれたわけではない。あくまで性別に関係なく、実力通り給料が支払われるようになった結果、生じた格差である。
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この現象はIT化の進展で更に加速しているように思える。
 
まだ第二次産業が中心だった時代、「例え大企業のCEOだって一般社員の数百倍もの能力を持っているわけではない」として、報酬に極端な差がつくことはおかしいとする批判はある程度合理性を持っていた。
 
製造業のラインでは新人と熟練工の間で作業効率の違いが生じていたが、人間が作業する以上その差はせいぜい数倍だった。
 
けれど、これからの成長産業であるIT産業における作業効率の違いはそんなものではない。
 
例えば、35歳で他業種から転職してコードを書いているAさんは1日書けて残業もして、やっと10行のコードを書いてもうへとへと、給料分の働きなど当面は見込めないかもしれない。
 
一方、小学生から自分でアプリを作成しているBさんは1日で有力アプリのプロトタイプを作り上げてこのアプリが数年後に100億ドルの価値をもたらすといったことが普通にある。
 
出身国や国籍など本人がどうしようも出来ないことを理由に人を区別するのは差別であり、人類はこれまで多大な犠牲を払いながらこれを克服してきたが、差別を徹底的に排除し“公平に”評価した結果、人のアウトプットに数万倍もの差がつくことに果たして私達は耐えられるのだろうか。
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アーリーリタイアは考えない。

“貯金1億円”にどのようなイメージを持つだろうか。

普通の人からしたら十分だろうし、もしかしたらそれだけで富裕層のイメージを持つかもしれない。

しかし、現実は残酷で1億円程度ではとても富裕層とは言えない。都内にそれなりの住宅を買ってしまえばそれでおしまいだし、そうでなくとも子供二人が中学校から大学まで私立に進学したら半分はなくなってしまうだろう。

仮にDINKSの世帯だとしても年間世帯支出が500万程度だとしたら20年しか持たない。アーリーリタイアどころか60~65歳まで働いてなんとか寿命まで持つかどうかといったところである。しかも、高齢化に伴い増加する医療費や入院費、手術代などを一切考慮していない上で。

それでは真の富裕層、個人的な定義としては“世間で言う贅沢な生活を家族全員が送った上で不労所得による収入が支出を下回ることがなく勝手に資産が増えていく”という状態に達するにはおおよそどの程度の資産が必要なのだろうか。

当然のことながら家族人数が大きく影響してくるが、夫婦2人に、子供2人の4人家族で計算すると、1人あたり年間1千万円支出するとして*1、年間4千万円以上の収入が必要で利回りを3%とすると*2、約15億円である。

これはかなり納得できる数字だ。

実際には子供が年間1千万円も支出することはなく、毎年2千万円近く貯金することも難しくないし、数年に1度起きる世界的不況期にアメリカの大企業の株や都内のビルでも買っておけばそれこそ資産は勝手に増えていくだろう。

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しかしながら残念なことにあなたの実家が平凡な家庭だった場合、15億円もの資産を作ることは至難の業である。

一番確実に高収入を得られる職業といえば医者や弁護士だが彼らの年収もせいぜい2~3千万円で、年間1千万円貯金して40年働いたとしても4億円にしかならない。
しかもたいていこういう職業に就いているひとは立派な家や車、子供の教育費に多大なお金を費やすのでそれほど貯金出来る人は珍しい。

つまり、0から15億円もの資産を築き上げるには起業した会社を上場させるくらいしかないのだが、これまた可能性はほぼ0と言っても過言ではないほど難しい道だ。

ということで、寿命がどんどん伸びるなか、凡人はアーリーリタイアという甘い誘惑を捨て去り、なんとか死ぬまで貯金をもたせるため、65~70歳まで働けるように日々スキルを磨くしかない。

21世紀になっても現実はまだまだ非情なのである。


*1 お金は稼ぐのは大変だが、使うのは簡単なものである。
*2 実際は4〜6%くらいは狙えると思う。

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格差の広がりは問題だと思うが、対処方法は思いつかない。

僕の大学時代の友人にAさんという人がいる。

彼は父親の仕事の都合で中学校までロンドンで育ち、帰国後は帰国子女クラスで学習を続けていたこともあり英語はほとんどネイティブ スピーカーと変わらないレベルで話すことが出来る。

友人との時間や趣味の時間を大切にしながらも大学での勉強もしっかりこなしており、大学卒業後は外資系の中でも特に難しいと言われ る某コンサルティング会社に就職、3年ほど働いた後、社費留学生としてMBA取得のためにアメリカの最難関大学院の1つに留学中だ。

彼は単純なお金儲けにはそれほど興味が無いようだから数千万~数億円といった年収を稼ぐような職種には就かないだろうけれども、今後も「自分の能力を精一杯発揮して社会に貢献する」というシンプルながらも素晴らしい彼のモットーを実現すべく懸命に働きおそらく最低でも年収1千万円程度は稼ぎ続けることだろう。

彼は留学直前に学生時代から付き合っていたこれまた優秀な女性と結婚しており、きっと彼らの子供も両親と同じように海外の学校か、 もしくは日本の私立中学・高校でしっかりとした教育を受けていくだろう。

ちなみに彼は性格も爽やかな本当に良い人であり、個人的にも大好きな友人の一人である。

一方、もう会って話す機会はないだろうが、生まれ育った地元には20代後半にしてずっとアルバイトを続けているBさんがいる。

年収は300万円に届くか届かないかくらいで生活するには厳しそうだけれど彼らはたいてい実家に住んでいて生活コストが安いのであと10 年くらいは特に問題なくそのまま生活できるだろう。

しかし、そこから先はなかなか苦しいように思える。

今まで世帯の生活費の大半を稼いでくれていた両親は高齢化に伴い、自然と治療や介護でむしろ出費を必要とする側に回っていく。

彼自身は職場に毎年入ってくる若いアルバイトと段々話が合わなくなってストレスを抱えたり、力仕事による日々の疲れが取れにくくなっていることに気づき始める。しかし30代後半、40代にして正社員経験がない人を正社員として雇ってくれる会社がどれほどあるだろう
か。

また長年住んでいる自宅も徐々にリフォームが必要になってくるが、数百万円かかるリフォーム代を払ってしまっては貯金が無くなってしまうので巨大地震が来ないことを願いながら住むことになるかもしれない。

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こうして、いったん出来上がってしまった格差構造はそう簡単にひっくり返せないようになっていく。

Aさんの子供は勉強の重要性を知っている両親に薦められ、小学校4年生からSAPIXに通い、難関中高、難関大学、そして士業もしくは大企業に就職する。金融リテラシーの高い両親の教育で毎月の給料の一部は株に投資するようにしており、おまけに住宅資金の頭金は両親か ら贈与されたことで資産価値が落ちにくい一等地の不動産を無理のない範囲のローンで購入することが出来る。

一方、Bさんの子供はそもそも両親が教育の重要性を理解しておらず、月に何万円もかかる塾に通わせてもらえない。そこそこに勉強して 地元の中高に進学した後、両親と同じようにアルバイトすることになる。株式投資に回す余裕資金はないのでいつまでたっても労働者側 から資産家側に近づくことが出来ない。

僕が最近危惧しているのはAさんとBさんのように生活スタイル、職種、そして思考そのものが異なる人々の間で年々交流がなくなっているのではないかということだ、

どちらかと言えばAさん側にいる自分も地元に帰るたびに実感することだが、とにかくお互いに話が噛み合わないのだ。

GWのヨーロッパ旅行で訪れたレストランが美味しかった話、米国株が好調すぎて投資タイミングを測りかねている話、先週読んだリンダ ・グラットンのライフシフトが傑作だった話、友人の結婚式に出席するために秋にハワイに行く話。

僕が話したい話題はたいてい彼にはまったく響かない。

反対に彼が話してくれる車の話、パチンコの話、ソーシャルゲームの話、芸能人の話にはまったくついていくことが出来ない。何しろ僕の自宅にはテレビすらないのだ。

こうして会話が噛み合わなければお互いに会う動機が薄れていき、友人関係はどんどん似た者同士で固まっていくようになる。

さらに結婚ですら似たような人同士が結婚することが多くなることで、父親はAさん寄りだけれど母親はBさん寄りといったことすらなくなっていく。

こうなるともう子供同士は小学生時点で会話が噛み合わない。

こうした傾向が進みすぎたアメリカでは既存エリートに反発する票がトランプ氏に流れ込み、奇跡の当選を果たしたものの、政治プロセスの基礎すら分かっていない彼は無駄に共和党に敵を作ってしまい、公約をほとんど果たすことが出来ていない。先日発表された彼の予算教書を見てみるとメキシコの壁建設に公的医療保険の削減など率直に言って醜悪な計画しか作ることができていない。

あれが将来の日本、いや世界の姿かと思うと実に恐ろしく、また悲しい話である。

個人的には一定の資産を保有する高齢者への社会保障を打ち切り、その分公的教育分野に多額の資金を投入するなどしてなんとか教育水準を全国一律で高いレベルで合わせようと努力することで人々の間に存在する格差を解消しなければいけないと考えているが、
・どの政党も母数が多く投票率も高い高齢者層にダメージのある政策を掲げない
・そもそもそんなにハイレベルの教育を長年に渡って受けたい意欲のある人は少数派
といった理由から格差が解決する気配は一向にない。

戦争の世紀と言われた20世紀に続き、21世紀は格差に対する反乱の時代とならないことを祈るばかりだ。

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